「子どもの権利」を守ろう!

大阪市立桜宮高校で、バスケットボール部の顧問から体罰を受けていた男子生徒が自殺したことで、日本のスポーツ活動の「指導と体罰」の問題が表面化しました。
日本柔道界でも、暴力とパワハラ問題が、選手から告発という形で表面化しました。オリンピック東京誘致との関連から、「大事なこの時になぜこんな問題を起すんだ?」との声も聞こえますが本末転倒です。指導という建前の暴力行為が是か非かの問題なのですから。
それに、桜宮高校の亡くなった生徒さんも、IOCに訴えた日本女子柔道の選手たちも、今までの経緯があっての、結果行動であることも忘れてはなりません。

当協会は、「子どもの権利条約」を推進、普及することを目的に掲げています。「子どもの権利条約」に暴力指導の容認は、いかなる理由を並べても絶対にありえません。当協会は、暴力的指導を断固否定します。
そういう中で、桜宮高校の2013年度スポーツ健康科学科・体育科の入試はなくなりました。問題が転嫁された感じです。スポーツ健康科学科・体育科の存在が問題ではなく、指導の方法が問題なのですから。

知り合いに、桜宮高校の卒業生がいます。母校の状況を憂い、悲しみ、心配して相談に来てくれました。彼女は3年間スポーツクラブに所属し、大学でも同じスポーツを続けています。
しかし彼女は高校時代、レギュラーにはなれず、華々しい活躍の場があったわけではありません。それでも「充実した3年間であり、仲間や先輩とのつながりに感謝している」との意見を寄せてくれました。そして何より、レギュラーになれない自分を励まし、そのままの自分をありのままに評価し、レギュラーに選抜されることだけがすべてではないことを、教え導いてくださった先生には、心から感謝しているとのことでした。
どんなに苦しんだり悩んだりしている様子を見ても、わが子がこの信頼感、充足感、達成感の上に立って臨んでいるからこそ、家族も応援してきたのでしょう。彼女の妹も、「次は私も桜宮高校でプレイしたい!」と願っています。桜宮高校のスポーツクラブ活動で指導者や仲間との信頼関係が結ばれた実績が、身近で見てきた家族を通して、次世代へと継承された結果です。

文部科学省によると、全国の小・中・高校と特別支援学校で、02年度以降の10年間、毎年400人前後の教職員が体罰を理由に処分されているそうです。
11年度は404人(うち126人が当事者として懲戒処分)で、内訳は〈1〉中学校180人(44・6%)〈2〉高校139人(34・4%)〈3〉小学校81人(20%)〈4〉特別支援学校4人(1%)。このうち110人が部活動に絡むものだったそうです。
指導者の未熟さから発生したこの種の事件が、根本の解決に至らず、表面的な問題にすり替えられてきた結果でしょうか。

元プロ野球選手の桑田真澄氏は、「暴力指導は指導者の能力不足、そして暴力指導は戦前の軍隊教育を引きずるもの」と言われました。 また、自らのスポーツ少年体験から、「抵抗のできない上下関係の上で行われる体罰は一番卑怯なこと」とも言明されています。
子どもが成長するのに必要な糧として、スポーツ体験から得られるものは多々あると思います。「好きだから」「縁があったから」と、純粋にスポーツに取り組んでいる子どもたちを、まるで自分の奴隷のように、言いなりにさせる権力主義はごめんです。

文化は人を豊かにし、成長させます。スポーツも人間が生み出し、継承してきた文化です。他者を支配する道具ではありません。スポーツを楽しみ、仲間と一緒に研鑽を重ね、達成感を体感、共有するものです。うまくいかないことだって、挫折することだって、みんな成長の糧になるものです。かえって他者への共感、他者へのいたわりにつながることも多くあります。特に学校で取り組むクラブ活動では、勝利至上主義ではないはずです。子どもが育つ教育の場なのですから。

それからこの事件が報道されてから、桜宮高校生への罵声やいやがらせが続いているそうです。「体罰高校桜宮の生徒」へのいやがらせです。まさに烏合の衆の心無い行動です。
それっていじめですよ。卑怯ですよ。桜宮高校生は悪くありません。学校や指導者の考え方や対処が間違ってきたのです。日本の社会が「子どもの権利」を正しく理解していないということです。
桜宮高校では保護者の有志が「心ない声からまもってあげられなくてごめんね」と校門の前で在校生560人に手紙を手渡しました。改革を迫られている学校で、今回の被害者は亡くなられた生徒さんのみならず、現在通っている在校生であるにもかかわらず、なぜ彼らが攻撃されなければならないのでしょう。これも弱者を攻め立てる暴力です。

子どもには権利があるのです。未来に夢と希望をもって、明るく楽しく生きていく権利があるのです。親と子、教師と生徒、上司と部下、いずれの関係においても体罰やハラスメントはあってはならないことだと認識しましょう。暴力や虐待は世代連鎖します。今こそ断ち切りましょう!

子どもたちにとって、すべてのことが未来へ続く道のりであるよう、大人のするべきことを考えていきましょう。「子どもの権利条約」はそのバイブルになりえます。いっしょに考えていきましょう。

(北摂こども文化協会機関誌「ハックルベリー」2013年3月号より)

子育ての世代連鎖

北摂こども文化協会は「子どもたちが豊かに育つお手伝い」をモットーに、子育て支援事業を実践しています。でも社会の現状は、子どもにつらく悲しい事件が多発しています。
これら事件の原因の多くは心無い大人です。心病む大人が多いのも社会の現状です。どうしてそうなるのかを探っていくと、その大人の成育歴=どのように育ってきたかがキーポイントだというのは広く知られているところです。

子どもに優しい社会には、自立した大人が必要です。自立した大人になるには、彼らが子ども期に豊かに育つ育ち方が必要だということになります。
親たちはわが子を待ち望み、誕生に歓喜したはずなのに、どこで歯車が狂ってしまうのでしょうか。過度の期待、比較による不安等々、子育ての過程で出てくる心の葛藤が、うまくコントロールできなくて、子どもに真っ向から感情をぶつけてしまい、結果子どもに偏った心理状況を生み出してしまう傾向が見られます。まさに詩人 相田みつをの「育ったように子は育つ」という言葉通りです。
さらにその子どもは、よくも悪くも、自分が育ったようにわが子を育てるということになります。
子育てに対して、私たち親はどんな時、不安感に襲われるのでしょうか?

1.よその子と比べて成長が遅れていると感じた時
2.第三者から子どもの問題点を指摘された時
3.子どもとのコミュニケーションがうまく取れない時
4.社会や家族の子育て観と自分のそれが違うと感じた時
5.相談する人がいない時
6.パートナーの協力が得られない時


その他細かいことをあげれば、好き嫌いが多い、人見知りが激しい等々、子育てには様々な悩みがあり、自信喪失、イライラ感は誰にでも経験あることです。
しかしそれが、虐待やネグレクトになるのは、親の心の開放や、子どものありのままを受け入れることがうまくできていない場合が考えられます。
虐待やネグレクトまでいかなくても、思わず手を挙げたこと、暴言を投げつけたこと、存在を無視したことなどの経験は、わが子を育てる親ならば、少なからずあるはずです。
だからまず、「そんな私はごくふつうの親」と思うことです。そして子どもの成長は階段式ですから、たとえよその子より遅くて、
必ず一段一段超えていくのであせらないことです。「這えば立て、立てば歩めの親心」といいます。親の期待は際限ありませんが、人間は生まれ落ちた時から固有の人格です。その子はその子のペース、その子だけの成長過程があります。
そして「どうしてわが子はこんなことを言ったり、したりするのか」というケースは、視点を少し変えてみるといいかもしれません。
歴史上の偉人エジソンやアインシュタインはかなりの問題児だったと聞きます。要はそんなわが子を親が受け入れ、可能性を信じたことが重要なんです。「人との違い」ではなく、「その子の個性」として捉え、可能性を応援するほうが楽しいのではないでしょうか。

さて前述した「育ったように子は育つ」、「子どもは自分が育ったようにわが子を育てる」という「世代連鎖」について触れたいと思います。
東北会病院の石川達医師は「ASK通信」季刊Be!の中で、「世代連鎖」はコミュニケーションのパターンであり、関係性のとり方だと記しています。

・相手を自分の思い通りに変えようと必死になっている関係
・弱い者を力で圧倒しようとする関係
・いつも優劣で人と比較したり、勝ち負けが問題となるような関係
・思ったことを言えずに耐えて犠牲になっている関係
・常に相手の承認や評価を求める関係
 など。

例えば『親がアルコール依存症である場合、子どもはその病気よりも、その問題から起因する親のコミュニケーション・パターン
(弱い者を力で圧倒しようとする関係)を学習していきます』と記しています。子どもの成長には、そして子どもの価値観には、親が行うコミュニケーション・パターンが大きく影響を及ぼすようです。

石川医師は、「子どもが将来、問題を起こさないようにするにはどうすればいいのか」という質問を親から受けた時、子どもに関心を向けることは大切であるが、子どものために何かしてやるよりも、親自身が正しいコニュニケーション・パターンを身につけることがまず肝心だとしています。そしてその中心は親が子へ「感情を語る」ことだと。親が言葉を介さないコミュニケーションや、優劣にこだわったコミュニケーションをしている限り、子どもは親のコミュニケーション・パターンを読むことばかりに注目し、自分自身に目が向かない。
親がありのままの自分を語るようになれば、子どもは自分自身に目を向けて生きることができるようになると。

最初の課題(子どもに優しい社会づくりには、親自身の成育歴が重要)に戻ると、今大人の私たちが、子どものありのままを受け入れ、子どもに寄り添った子育てをすることです。
北摂こども文化協会の子育て支援のコンセプトは
・おかあさん 急がせないで
・おかあさん 比べないで
・おかあさん 情報に振り回されないで
 の3つです。
勝ち負けや優劣にこだわらないで、詰め込むより引き出すことを基本理念に、親子のスキンシップや、ありのままの個性を受け止めることを大切にした活動を、悩めるおかあさんおとうさんと共に続けていきたいと思っています。

(北摂こども文化協会機関誌「ハックルベリー」2012年9月号より)

男塾開講

光陰矢のごとく、やわらかな陽春に包まれてスタートした新年度も、すでに3か月目を迎えました。子どもたちは学校で、若者は社会で、新しい環境に精一杯チャレンジしていることでしょう。
当協会もすでに新年度の事業が始まっておりますが、継続の事業をより充実させること、新しい事業では、子どもたちの力がより表現できる仲間づくり、地域づくり、社会づくりを念頭に置いて推進していく所存です。

日本で「子どもの権利条約」が批准されて20年がたちます。子どもの権利について、子どもも含めて論じ合うことがありません。一人ひとりの子どもの権利は守られているのでしょうか。
不登校、引きこもり、ニート等の課題は、彼らが加齢していく上で、その解決が非常に難しくなってきています。発達障害という言葉も安易に使われ、解決を見ずに社会が納得する落としどころとして使われているようにも思われます。

子どもは元気に育つ方がいい。さまざまな経験をして社会と関わる力を身に着け、社会に役に立つ市民に成長するのが彼にとっても家族にとっても社会にとっても望ましい。でも、何かの歯車がかみ合わず、引きこもりやニートになっている若者はどうしたらいいのでしょうか。

当協会の研究部門「日本こども未来研究所」は、若者の自立をテーマに研究を進めています。特に若者の自立支援を国の施策として取り組んでいるイギリスの事例を多く学んできました。人種差別と階級差別、貧困からくる無学、無教養が生み出す生活困難状況。日本では考えられないほどの差別もある中で、イギリス国家はどのような若者支援を進めているのでしょうか。
国も違い、文化も違う国の全くの模倣は意味がありません。日本人のアイデンティティを活かした施策を、NPOから発信することができたらと考えています。

ところで、現在の日本の社会状況を考えた時、私たち大人は自立しているのだろうかと疑問を持ちます。短期間で首相が交代する政治劇。マスコミにより作られている感のある橋下政権の施策を、しっかり読み解く力を持っているのでしょうか。
子ども、若者の自立を考えるとき、市民としての責任ある大人になっているのか、いささか疑問符のつく大人も多く見受けられます。
自立した大人になるには青年期の自立養成が必要です。青年期の自立には子ども期の自立養成が必要です。反対もしかり。子ども期に、必要な思考、体験による子ども期の自立を獲得した上で、青年期を迎えた者は、青年としての思考、行動の自立を獲得していくのが容易になるのではないでしょうか。青年期に青年らしい自立心を持った青年は、その後の社会経験を経て、社会人としての自覚、家族を大切に、会社、地域、政治等との関わりを通して、自己の確立をすることが容易になるのではないでしょうか。

当協会は長年、子ども・若者の自立支援をコンセプトに事業を推進してきましたが、同時に求められるのが、大人の自立です。子ども、若者には、自立した大人による、人間愛をベースにした関わり、答えをすぐに求めないゆったりとした支援が必要と思われます。
「人は育ってその気になって人間になる」と教育学者太田堯先生はおっしゃいました。名言です。与えられた情報のみに依拠した考え方ではなく、疑問・問題・課題を自ら追及、解決する行動力が必要です。いくつになっても、夢や希望に向かって突き進む人間の姿を、子どもや若者に見せていきたいと思います。

近年「育メン」「パパの育児参加」「男性育休」などの言葉がはやっています。男は社会に、女は家庭にという考えが根底から変わろうとしています。先んじて、男女雇用均等法や男女協働参画社会づくり施策などがその方向性を示していたとも考えられます。日本国経済の斜陽が、男も女も青年も、すべてが働き手となり納税者になることを求めているようです。ですから、イケメンとイクメンを混同したようなマスコミ情報に踊らされることなく、男女両性の人権と、子育ての協働参加の精神をしっかり考えたいと思います。しかし、子育てをパパもママも協働することは大切なことです。子ども・若者の自立に、良い影響を及ぼすことを期待します。
そうです、団塊の世代以前にみられる男女分業が、退職後の男性を、ぬれ落ち葉や厄介者扱いにしている要素でもあります。

大人の自立を訴える当協会の第一弾の対象は、団塊の世代の生活力をつけること。男の自立を目指す「男塾」です。食事、洗濯家事全般は女がするものと信じていたお父さんたちに、「俺流の生活力」を身に付けていただきたいと思っています。妻と同じ主婦になることはないでしょう。俺流の主夫を目指しましょう。
生活力アップ、発言力アップ、存在感アップ間違い無し。そしてちょっと先行く先輩シニアの生き方を学び、俺流を確立していくお手伝いができたらいいなと考えています。

(北摂こども文化協会機関誌「ハックルベリー」2012年6月号より)