ベネズエラに学ぶ 〜子どもの力を引き出す〜

今回、遠く地球の裏側にある南米ベネズエラの取り組みをご紹介します。
皆さんはベネズエラという国名を聞いて何を思い浮かべるでしょうか。南米のどこに位置しているか正確にわかりますか。おそらくベネズエラについて詳しく知っている人は少ないのではないかと思います。
日本人にはなじみの薄いベネズエラですが、そこでは画期的な音楽教育により、貧困の世代間連鎖を断ち切り、犯罪や暴力を防止する「エル・システマ」という取り組みが行われています。エル・システマはなんと30万人以上の子どもたちが参加するオーケストラ活動です。子どもたちといってもその幅は広く、下は2歳半の幼児から上は青少年、30歳近い若者まで、国をあげて参加しています。

エル・システマは、無料で音楽の基礎知識や楽器の演奏技術を教え、子どもたちにオーケストラに参加する機会を与える教室です。オーケストラ教室としては単一組織で世界最大であり、青少年オーケストラ組織としても、数万人が「合奏」に参加する規模のものは世界でも類をみません。運営は、国立財団ベネズエラ児童青少年オーケストラシステム(FESNOJIV=フェスノフィフ)が行っています。
FESNOJIVは1979年に設立され、今日まで34年間にわたり、ベネズエラ全土で子ども・青少年に対してエル・システマの事業を展開しており、現在もその規模を拡大しています。

このエル・システマで主眼とされていることは
・子どもたちをオーケストラに参加させ、犯罪や非行に走るのを防ぐこと
・演奏技術を身につけさせることで将来の仕事に道を開くこと
・「オーケストラ合奏」という共同作業に参加させることで、他人との協調性を養い、団体行動、社会規範を学ばせること 
です。

今、イギリスやフランスをはじめとする欧米諸国、そして日本でも、子どもの貧困が課題となり対策が議論されていますが、経済後進国と言われるベネズエラが行うこの「音楽で貧困を救う社会施策」は子どもの力を信じ、その力を引き出す素晴らしいものだと感動します。
教育評論社から2008年に出版された『エル・システマ』(著:山田真一)の中で、いくつか事例が記されていますのでご紹介します。
ベネズエラには貧困地区(通称ランチョ)が数多くあります。そこは誰の許可もとらずに、勝手に山の斜面に家々が作られており、もちろん水道、電気、ガスなどインフラは整っていません。そこで暮らす子どもたちは、食事を満足に摂れないことも珍しくありません。当然治安も悪く、その著書の中では、部外者、特に外国人が足を踏み入れるような所ではなく、誘拐にあったとしても文句は言えないとのこと。誘拐されているのに文句も言えず、逆にこっちに非があるようで驚きです。
ランチョにはギャングメンバーや麻薬密売者なども多く住み、たとえその地区の者でも常に拳銃の脅威にさらされ、夜に外出するなどは無謀な行為だそうです。
しかしベネズエラのエル・システマでは、そのような貧しく危険なランチョに暮らす子どもたちでも音楽教室に通い、オーケストラ活動に参加できるのです。

4歳からエル・システマの音楽教室に通っている、ランチョ在住のある少女は、「ここに来ると必ず友だちに会えるし、一緒に練習するのが楽しい。友だちと一緒に音を出して、それが一つのハーモニーになったり、リズムになるのを聴くととっても興奮するの!」と小学生ながら既にオーケストラ合奏の醍醐味を、十分理解しています。
また別の青年は、危険なランチョから音楽教室までの道のり自体を「ある種冒険みたいなもの」と言います。しかし彼は「エル・システマは自分の生活です。辞めたら生きる術を失くしてしまいます。それにオーケストラはあまりに魅力的です。それはどういうところに暮らしているからとか、そんなことは関係ありません。」と彼にとってオーケストラがいかにかけがえのないものになっているかがうかがえます。
さらにはランチョの中で、犯罪を重ねていた側の少年についても触れられていました。
彼は9歳でタバコに手をだし、12歳の時にマリファナ、コカインなどにはまり、13歳の時には拳銃も手に入れました。店舗などで強盗を重ね、2度の逮捕を経て、ロスチョロスという所の少年保護センターに収容されました。その時に出会ったのが、エル・システマの音楽教室であり、クラリネットでした。
彼にはクラリネットが「とても優雅で、真っ当なもの」に見え、その練習は彼にとって「初めての、幸福な時間」になりました。

ロスチョロス少年保護センターの職員はこのオーケストラプロジェクトについて言います。「ここで起こっていることは本当に信じがたい成果です。こうした子どもたちでも、人を感動させる演奏ができるのです。」
経済格差や出身地域、経歴など関係なく、子どもの可能性を信じ、能力を引き出すのがエル・システマです。
現在、このエル・システマで育った世界的な音楽家が来日し演奏を行っています。9月24日・25日には、エル・システマから世界に羽ばたいた指揮者グスターボ・ドゥダメルが、大阪フェスティバルホールでタクトを振りました。10月10日〜12日には東京芸術劇場で14歳〜22歳までの計175名の若者で構成された「エル・システマ・ユース・オーケストラ・オブ・カラカス」が初来日し「エル・システマ・フェスティバル 2013 in Tokyo」が開催されました。

「銃の代わりに楽器を」を合言葉に、スラム街で合奏や合唱による心の調和を訴え、犯罪や暴力の連鎖から子どもたちを救う社会運動として始まったエル・システマは、日本でも福島県相馬市で実践されているそうです。日本でも放課後の学童保育が取り組まれていますが、もしエル・システマのしくみが取り入れられたら素晴らしいですね。
子どもたちの権利を保障する、素晴らしい実践、エル・システマに乾杯!

(北摂こども文化協会機関誌「ハックルベリー」2013年9月号より)
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