死にたくなるほど新学期が辛い君へ

拝啓
長い夏休みが終わり、新学期が始まります。心も身体も、元気でない人いませんか。
 子どもは元気!と思っている人がおおいけど、子どもだって悩みや不満が募って、元気になんてなれない人も多いよね。
 私たちは大阪池田市を中心に活動しているNPO法人、北摂こども文化協会こども文化協会です。学校とは違う、小学生から中学・高校、若者の居場所を作っています。
 池田市では、水月児童文化センターというところがあって、いつでもだれでもひとりでもりようできます。もちろん無料です。漫画の本もたくさんあります。ねっ転がって読むスペースもあります。
 大阪の北のはずれ豊能町には「ひと山まるごとプレイパーク」と言う場所があって、のんびり過ごす活動もあります。
 とにかく死なないでよみんな。夏休み明けの9月は、子どもの自殺がとても多いんだそうです。死ぬほどつらいんだろうね。でも待って。命は自分で造ったものではないよ、神様から頂いたものだもの、大切にしていこうよ
 学校行くのがいやだったら、学校行かなくてもいいじゃない。死ぬほどつらいことが今あるなら、それから逃げ出してきたらいいじゃない。とにかくあなたの命より重要な物は、この世に絶対ありません。
 8月26日、私たちは「いけだ夢燈花」というイベントを開催しました。これは、2001年6月8日、大阪教育大学附属池田小学校の児童が襲われ、8人の子どもたちが命を奪われた事件をきっかけに取り組まれたものです。
 あれから17年、あの事件だけではなく、さまざまな事件、事故によって命を落とした子どもたちも多くいます。子どもたちが安心して暮らせる社会を目指そう、という目的です。
 人が一人死ぬってたいへんなことなんだよね。今のあなたには想像できないほど、悲しむ人がいるんと思うよ。事故や事件だけだはなく、心が痛くて死にたいほどのつらさを感じている人も多くいるんだね。でも死なないでよ、行動を起こす前に、誰かに話してみて欲しいな。話す人がいなかったり、知っている人に話すのは煩わしいと思う時は、会ったことのない私たちに話してくれたら嬉しいです。
 子どもたちがありのままの自分を受け容れることができる環境づくりや、君は君のままでいいんだよとメッセージしている私たちなので、どうぞあなたはあなたの命を大切にして下さいと伝えたいです。
 先日、お医者さんで、107歳で亡くなった日野原重明さんが97歳の時、やさしい子どもの絵をかくいわさきちひろさんと、いのちについてのコラボレーションで、「いのちのバトン」という本を出されています。一度読んでみて下さい。ダイアモンド社から出ています。
 とにかく死なないで、電話してね、会いに来てください。私は北摂こども文化協会の立石美佐子です。どうぞよろしくね。あたまの隅に、覚えておいて下さいね。
敬具

18歳以上の選挙に向けて

拝啓、18歳、19歳のみんなへ

 

 みなさんは今、「気がつけば選挙権!」にとまどっていませんか?

 

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ごあいさつ

ごあいさつ
本年も、北摂こども文化協会は、すべての事業の年間目的を達成することができました。当協会の基本的理念である、国連「子どもの権利条約」の精神を柱に、すべての子どもたちが、「自分らしく生きる」「ありのままの自分を肯定する心」を育むことを目標に、活動してきました。
社会は相も変わらず親からの子ども虐待が頻発しています。子どもの親殺しも報道されました。「かわいい子どもでしょ」「大切な親でしょ」なのになぜ?との思いが募ります。
わが子を愛しむ、親を愛しむ、友を愛しむ、その根源は何なのでしょうか。相手を思いやる心でしょうか。辞書を引くと、愛しむとは「愛すべしと感じられる時」に用いられるそうです。
それならば、相手を思いやる心や、子や親や友達を、「愛すべし」と感じる心はどのように育まれるのでしょうか。人は人によって育てられます。家庭、学校、地域等々、人が人と関わることが大切だと考える当協会は、年齢や地域や興味関心が違う人たちとの関わり、交流を大切にする事業を創造して参りました。それが当協会の活動目標「出会い・気づき・繋がり・行動・表現」であり、さまざまな事業の基本となっております。
それぞれの事業が、活動の理念、目標を見失うことなく実行できたと確信しておりますが、収支バランスでいえば、赤字決算の事業もありました。特に文化推進で言えば、費用対効果は望むべきもありません。赤字ではあるが当協会にとって必要な事業として、あえて「提供事業」と位置付けてまいりました。このことの意義は、今総会において、会員の総意として確認したいと思っています。
414日、突然の熊本地方マグネチュード7という地震速報に耳を疑いました。東日本大震災から5年、まだまだ復興には時間がかかると、被災者の苦悩が伝わってきている中で、天災の怖さを、人の英知で乗り越えられるよう祈るばかりです。
さて会員のみなさん、今年を振り返りますれば、たくさんの事業にたくさんの方々のご支援をいただきました。そしてたくさんの喜びをいただきました。共に考え、共に行動し、共に喜びあう仲間であることを心から感謝申し上げます。
末尾ながら、当協会にご支援賜りました関係者、関係団体の方々に、心より御礼申し上げます。
 
 

ホームページがリニューアルされました!!

理事長あいさつ

 

北摂こども文化協会のホームページがリニューアルされました。

ホームページは、北摂こども文化協会と社会をつなぐ大切なツールです。当協会の理念、

その理念に基づいて執行している事業への共感、支援を社会に発信する大切なものと考えています。 

ですから、事業の報告だけでなく、その事業が本協会の理念に基づいている事業としての、目的や効果、評価の声を聴かせて頂ける仕組みも作りました。

 現在、こどもが育つ社会環境は複雑かつ劣悪な状況です。当協会は、そんな状況にあって

も、力強く、前向きに自分らしく生きていく子どもたち自身の力を育む事業を行っています。

その根幹は、自尊心や自己を肯定する心、自分を愛する心、すなわち今ある自分、、ありのままの自分を受け入れ、愛していいんだよ、というメッセージを送り続けたいという思いなんです。

そんな思いで行っている事業の一部の活動コンセプトをいくつかご紹介します。

●ひと山まるごとプレイパーク事業では

自然の中で「遊びほうける」をテーマに、「こうあらねばならない」という、入り口と出口は創っていません。子どもの成長にはそれぞれの子どもの時間があると思っているからです。技術を習得するのも、コミュニケーションを構築するのも、自分が何をしたいのか、どうしたいのかというような意見を言える力もです。

 そのように子どもたちを支えたい私たちは、子どもの心に寄り添いながら、遊んだり、知らないことを教えてもらったり、時には叱られたりするお姉さん、お兄さん、ここではプレイリーダーと呼んでいますが、青年スタッフの存在をキーマンとしています。最近地域では、歳の離れたお兄さんやお姉さんと遊ぶ機会はありません。ひと山では、おにいちゃん、お姉ちゃんと、思いっきり遊んでいく中で、憧れが生まれます。

 ひと山にはマイスターという大人もいます。ここにはツリーハウスがあって、大工知識のあるマイスターがいろいろ工夫をしてくれます。ターザンロープやモンキーブリッジなど楽しくチャレンジする場所もいっぱいです。山の上には小さな川があって、沢蟹だっているんです。これ以上は企業秘密ですから教えません。興味のある方は、どんなものかを体験に現地にいらしてください。その際、年齢制限はありません。興味がある方ならどなたでもOKです。HPにも載っています。覗いてください。参加者だった小学生が、大学生になり、社会人になって、プレイリーダーとなって戻ってきています。大変嬉しいことです。

 

●太鼓集団童夢企画では

洋の東西を問わず、世界のどこにでも太鼓はあります。原始的ですよね。だから魅かれたんです。日本にも伝統文化としての和太鼓があります。うまくても下手でも、叩けば返る太鼓の響き、自尊心にも、思春期の子どもたちにもいいなー、と思ったんですね。

スタートは、5家庭11人からでした。今では5グループ、総勢90人ほどの所帯になりました。指導者にはプロの先生をお迎えしています。ここが「みそ」です。子どもには本物を伝えることを大切にしたかったからです。年に1回のフェスティバルでは、大きな舞台でなんと有料公演をさせていただいてます。「聴いていただく心」を忘れずに、太鼓のファン、チームのファンをつくろう、聴きに来ていただける演奏をしよう!と、清水の舞台を飛び降りました。今では、たくさんのファンの方が応援してくださり、会場は満席になりました。感謝です。

地域でも、夏祭り、町民祭り、各種イベント、介護施設訪問演奏等々、出演依頼に大わらわ、嬉しい悲鳴をあげています。太鼓集団童夢企画は、太鼓の技術を習得する太鼓教室ではありません。太鼓を通して、自尊心や達成感、共感・協働の喜びを明日の自分に繋げていきたいと願っています。興味のある方HPを覗いてください。演奏の様子や、各教室の目標やスケジュールがご覧いただけます。

太鼓集団童夢企画は、太鼓の技術を習得する太鼓教室ではありません。太鼓を通して、自尊心や達成感、共感・協働の喜びを明日の自分に繋げていきたいと願っています。

 

●公共教育施設の受託及び指定管理事業

 池田市と豊中市の、こどものための教育施設の指定管理及び事業委託をお受けしています。全国に、このような民間委託は数あれど、当協会の企画運営は「子どもたちにとっての自立支援事業」を心がけ、「出会い・気づき・つながり・行動・表現」をテーマに、民だからできることを企画実践しています。日本一の「子どものための公共施設」を目指します。事業の内容は、HPに詳しく掲載されています。どうぞご覧ください。そして一度ご来場ください。池田市立水月児童文化センターは水曜日から日曜日、9時から5時まで開館しています子どもだけでなく。大人の方も多く来館しています。

 

●日本こども未来研究所

 当協会には研究施設があります。現在取り組んでいる事業の評価を行います。ここでいう評価とは、子どもを取り巻く社会状況を読み解き。今、子どもたちに必要な視点や、現在・未来の事業は何かを、現行事業と照らし合わせて検証します。関連の研修会やセミナーの開催も行います。

 ひと山まるごとプレイパークの事業検証では、マツダ財団から注目され、、研究助成をいただきました。おかげで、こども若者自立支援の先進国であるイギリスへ、研修に行くことができました。現在最終の報告書を作成中です。8月には当協会から出版の予定です。

どうぞお楽しみ下さい。

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 以上、事業の一部を紹介させていただきました。このように、子どもたちが自分らしく、心豊かに育ちゆく支援、すなわち「こども若者自立支援」を念頭に事業を推進してまいります。

長い間、不完備だったHPのリニューアルは嬉しい限りです。これからは、HPを介して皆さんと情報交換、意見交換ができますよう、頑張っていきたいと思っています。皆さんのご支援ご鞭撻、ご協力をお願い申し上げます。

 

 

セカンドサーブ

今、プロテニスプレーヤー錦織圭選手の活躍により、日本テニス界が湧いています。
勝利するたびに世界ランキングもぐんぐん上昇し、テニスファンでなくても日本中が彼の応援団のような雰囲気です。期待された全仏オープンでは惜しくもベスト8で地元選手に競り負けてしまいましたが、それでも手に汗にぎる熱戦を見せてくれた錦織選手に、多くの方が拍手を送ったのではないでしょうか。

テニスの試合会場では、すり鉢状のスタンドから観客たちの熱い視線が選手に向けられます。テニスではどのプレーも必ずサーブから始まります。男子では時速200キロ以上ものスピードが出るそうですね。まさに渾身のファーストサーブ。
でもテニスでは、そのファーストサーブが失敗しても、セカンドサーブが認められています。このセカンドサーブがあるからこそ、一本目を力一杯チャレンジできるのでしょうね。このルールは、良くできていると思います。

チャレンジと安定は、子育て支援の極意のように思います。取り組む事業の中で私たちも「やってごらん、チャレンジしてごらん」と子どもたちにけしかけます。失敗を恐れて尻込みしてしまう子どももいます。
でも、テニスのサーブのように失敗しても2本目があると分かったら「思いっきり!」ができるのではないでしょうか。
「次がある」という安心感。それでは子どもたちが「次がある」と安心できる信頼はどこで生まれるのでしょうか。
一番はやはり家庭でしょう。生まれ育った家庭、親、兄弟姉妹、祖父母など家族との絆の中に、その信頼は育まれるでしょう。学校もそうであって欲しいですね。子どもにとって、先生との信頼関係は最も重要です。友だちとの関係も、先生との信頼関係が確立していれば「次がある」信頼が生まれるでしょう。
それでも残念ながら、子どもにとって学校が居場所にならないケースもありますが、そこにもセカンドサーブがあればいいですね。

今、フリースクールや家庭学習を義務教育の制度内に位置付ける法案が、国会への提出にむけ検討されています。学校外での学習を義務教育として認める制度です。時間はかかるかもしれませんが、人々の知恵と熱意は社会におけるさまざまなセカンドサーブを創りだそうとしています。

話は変わりますが、女子フィギュアスケートの浅田真央ちゃんが先日、競技復帰の意向を示しました。
1年ほど前、彼女自身、悩み苦しんだ末に出された休養宣言かと思いますが、「突っ走るだけでなく、休んでもいいじゃない」というメッセージは子ども・若者・大人たちも、意外だけどほっとした感じを受けたのではないでしょうか。
そしてこの度の復帰宣言は、見事なセカンドサーブです。
がんばれ真央ちゃん、この一年の休養が、真央ちゃんが真央ちゃんらしく奏でるセカンドステージを創り出すのではないでしょうか。当協会を含め、子育てに関わる人々が、子どもたちの自己肯定感を育むうえで、このセカンドサーブがある安心感を伝えていきたいと思う今日この頃です。

(北摂こども文化協会機関誌「ハックルベリー」2015年9月号より)

初めての言葉の冒険

10月の初めに発覚した食品偽装問題では、予想通り出るわ出るわの芋づる式に、有名ホテルにレストラン、百貨店までも名を連ねました。高級食材を謳い高額で料理を提供する高級店や老舗。偽装食材とはつゆ知らず「さすがにおいしいね」と満足した客は「裸の王様」だったのでしょうか。

当たり前のことですが嘘はいけません。でもちょっと考えます。人生長く生きていますが、私自身嘘をついたことが全くない聖人君子だったかといえばそうではありません。ずいぶん嘘をついてきたように思います。小学校の頃、家にピアノなんてないのに「家の奥にしまってある」と見栄を張り、学芸会でオルガンを弾くことになって大苦戦をしたこと。5年生でおねしょをして「風呂場でころんだ」と言い訳したこと。高校生の時、ありもしない教材費を親からだまし取ったこと等々。

「うそつきは泥棒の始まり」と言います。しかし数えきれないほどの嘘をついた私ですが泥棒になりませんでした。それより嘘をついた自分を今でも切なく思いだし、過去を消しゴムで消したいほど後悔しています。自分を守るためについた嘘が、実は 他人を傷つけていたことに気が付いた時、倍返しで自分の心が傷つく経験もしました。そんな自分を思い出したとき、私はだれにも優しくなります。謙虚にもなるのです。自分の弱さを知るからでしょうか。あるいは、「きっと他の人も自分と同じように後悔し苦しんでいるかもしれない。」と同情というか共感というか、不思議な人間愛が生まれるのでしょうか。

嘘をついた記憶を通して他人に寛容になった私はふと考えました。「嘘も方便」とはいかに? これによると嘘も時には有益な手段ということです。そう言えば、嘘をついた後に本当のことを言って驚かせる。こんな嘘はその場を盛り上げる効果や、みんなの気持ちを和ませる効果がありますよね。幼い子どもの嘘に、大人は騙されたふりをする。子どもはそれを見て「嘘だよ!」と言って、自分の仕掛けが成功したことに大喜びをします。また、相手を傷つけない、不安にさせないためにつく嘘もあります。失恋の真相、病気の告知等々です。
「嘘も方便」が許されるのは、だれも傷つかないからではないでしょうか。むしろその場を和ませたり相手を労わったりしているからでしょう。

くもん子ども研究所から出版されている「親子のふれあい歳時記」5月号のエッセイ「嘘が開く世界」に柳田国男が書いた弟のエピソードが載っています。
『まだ小学校に入る前の弟が、母の言いつけで油揚げを買いに行った。においも色もよいし、腹も減っていたので、弟は帰りがけについつい油揚げの端をかじってしまった。家に帰って「これはどうしたのだ」と問われたとき、「どこそこの角まで戻ると鼠が走ってきて食べた。」と答えた。母は「嘘はいけない。」ととがめるどころか大きな声で楽しそうに笑い、弟の「初めての言葉の冒険」を認めてやった。
嘘をつくにはそれ相当の知恵能力がいる。つじつまを合わせなければならないし、人と積極的にかかわるという外へ働きかける力もいる。だから、子どもが成長のある段階で嘘がつけるようになったということは、確かに「最初の知恵の冒険」なのだ。それをとがめて抑制するよりも、むしろみとめてやりその能力を伸ばす方が良い。ちなみに柳田の弟は泥棒にならず松岡映丘というすぐれた日本画家になった。―坪内稔典』
「初めての言葉の冒険」、なんて素敵な言葉でしょう。そんな言葉が言える大人になりたいものです。子育てに大事なことに「一人ひとりの子どもをまるごと受け入れる」そんな大人の寛容があげられると思います。これは逆に子どもたちに教えられます。子どもは実に親に寛容です。全面的な信頼と揺るがない愛に裏付けされているのでしょうか。
子どもに対して勘違いで怒ったり、人と比べて怒ったり、はたまた虫の居所が悪いなんていうやつあたりで怒ったり。幼い無邪気な寝顔に「ごめんね」と思わず頬ずりしたこともありませんか。それでも子どもは父を母を寛容に受け入れてくれます。

ところで最初の食品偽装に戻ります。「最初の知恵の冒険」や「嘘も方便」の嘘はなぜ歓迎されるのでしょう。そこには人との関係を円滑にする効果や思いやる心があるからです。ところが今回の食品偽装にはそれが微塵もありません。高級食材と信じて満足したり喜んだりした客を、傷つけたり陥れたりしたからです。そしてそれは詐欺であり犯罪なのです。

あまりにも次から次へと発覚する偽装の連鎖に「赤信号、皆で渡れば怖くない」なんてことにさせてはいけません。その罪は振り込め詐欺と同じです。人を欺き騙す手口は許せません。
今回の事件でも、保証する、弁済するという措置に対し、食べてもいない買ってもいないものを請求する者がでてくるかもしれないと危惧します。どちらもこれは人としての品性です。子どもたちは見ています。今こそ私たち大人が経済に振り回されない、品格高い振る舞いを子どもたちに見せなければなりません。

(北摂こども文化協会機関誌「ハックルベリー」2013年12月号より)

ベネズエラに学ぶ 〜子どもの力を引き出す〜

今回、遠く地球の裏側にある南米ベネズエラの取り組みをご紹介します。
皆さんはベネズエラという国名を聞いて何を思い浮かべるでしょうか。南米のどこに位置しているか正確にわかりますか。おそらくベネズエラについて詳しく知っている人は少ないのではないかと思います。
日本人にはなじみの薄いベネズエラですが、そこでは画期的な音楽教育により、貧困の世代間連鎖を断ち切り、犯罪や暴力を防止する「エル・システマ」という取り組みが行われています。エル・システマはなんと30万人以上の子どもたちが参加するオーケストラ活動です。子どもたちといってもその幅は広く、下は2歳半の幼児から上は青少年、30歳近い若者まで、国をあげて参加しています。

エル・システマは、無料で音楽の基礎知識や楽器の演奏技術を教え、子どもたちにオーケストラに参加する機会を与える教室です。オーケストラ教室としては単一組織で世界最大であり、青少年オーケストラ組織としても、数万人が「合奏」に参加する規模のものは世界でも類をみません。運営は、国立財団ベネズエラ児童青少年オーケストラシステム(FESNOJIV=フェスノフィフ)が行っています。
FESNOJIVは1979年に設立され、今日まで34年間にわたり、ベネズエラ全土で子ども・青少年に対してエル・システマの事業を展開しており、現在もその規模を拡大しています。

このエル・システマで主眼とされていることは
・子どもたちをオーケストラに参加させ、犯罪や非行に走るのを防ぐこと
・演奏技術を身につけさせることで将来の仕事に道を開くこと
・「オーケストラ合奏」という共同作業に参加させることで、他人との協調性を養い、団体行動、社会規範を学ばせること 
です。

今、イギリスやフランスをはじめとする欧米諸国、そして日本でも、子どもの貧困が課題となり対策が議論されていますが、経済後進国と言われるベネズエラが行うこの「音楽で貧困を救う社会施策」は子どもの力を信じ、その力を引き出す素晴らしいものだと感動します。
教育評論社から2008年に出版された『エル・システマ』(著:山田真一)の中で、いくつか事例が記されていますのでご紹介します。
ベネズエラには貧困地区(通称ランチョ)が数多くあります。そこは誰の許可もとらずに、勝手に山の斜面に家々が作られており、もちろん水道、電気、ガスなどインフラは整っていません。そこで暮らす子どもたちは、食事を満足に摂れないことも珍しくありません。当然治安も悪く、その著書の中では、部外者、特に外国人が足を踏み入れるような所ではなく、誘拐にあったとしても文句は言えないとのこと。誘拐されているのに文句も言えず、逆にこっちに非があるようで驚きです。
ランチョにはギャングメンバーや麻薬密売者なども多く住み、たとえその地区の者でも常に拳銃の脅威にさらされ、夜に外出するなどは無謀な行為だそうです。
しかしベネズエラのエル・システマでは、そのような貧しく危険なランチョに暮らす子どもたちでも音楽教室に通い、オーケストラ活動に参加できるのです。

4歳からエル・システマの音楽教室に通っている、ランチョ在住のある少女は、「ここに来ると必ず友だちに会えるし、一緒に練習するのが楽しい。友だちと一緒に音を出して、それが一つのハーモニーになったり、リズムになるのを聴くととっても興奮するの!」と小学生ながら既にオーケストラ合奏の醍醐味を、十分理解しています。
また別の青年は、危険なランチョから音楽教室までの道のり自体を「ある種冒険みたいなもの」と言います。しかし彼は「エル・システマは自分の生活です。辞めたら生きる術を失くしてしまいます。それにオーケストラはあまりに魅力的です。それはどういうところに暮らしているからとか、そんなことは関係ありません。」と彼にとってオーケストラがいかにかけがえのないものになっているかがうかがえます。
さらにはランチョの中で、犯罪を重ねていた側の少年についても触れられていました。
彼は9歳でタバコに手をだし、12歳の時にマリファナ、コカインなどにはまり、13歳の時には拳銃も手に入れました。店舗などで強盗を重ね、2度の逮捕を経て、ロスチョロスという所の少年保護センターに収容されました。その時に出会ったのが、エル・システマの音楽教室であり、クラリネットでした。
彼にはクラリネットが「とても優雅で、真っ当なもの」に見え、その練習は彼にとって「初めての、幸福な時間」になりました。

ロスチョロス少年保護センターの職員はこのオーケストラプロジェクトについて言います。「ここで起こっていることは本当に信じがたい成果です。こうした子どもたちでも、人を感動させる演奏ができるのです。」
経済格差や出身地域、経歴など関係なく、子どもの可能性を信じ、能力を引き出すのがエル・システマです。
現在、このエル・システマで育った世界的な音楽家が来日し演奏を行っています。9月24日・25日には、エル・システマから世界に羽ばたいた指揮者グスターボ・ドゥダメルが、大阪フェスティバルホールでタクトを振りました。10月10日〜12日には東京芸術劇場で14歳〜22歳までの計175名の若者で構成された「エル・システマ・ユース・オーケストラ・オブ・カラカス」が初来日し「エル・システマ・フェスティバル 2013 in Tokyo」が開催されました。

「銃の代わりに楽器を」を合言葉に、スラム街で合奏や合唱による心の調和を訴え、犯罪や暴力の連鎖から子どもたちを救う社会運動として始まったエル・システマは、日本でも福島県相馬市で実践されているそうです。日本でも放課後の学童保育が取り組まれていますが、もしエル・システマのしくみが取り入れられたら素晴らしいですね。
子どもたちの権利を保障する、素晴らしい実践、エル・システマに乾杯!

(北摂こども文化協会機関誌「ハックルベリー」2013年9月号より)

サッカーワールドカップ予選とキャリア教育

猛暑を超える記録的な酷暑の毎日。ただ立っているだけでも激しく体力を消耗するなか、全国高校野球 夏の選手権大会の予選が各地でおこなわれている。高校球児は甲子園という夢舞台をめざし、文字通り熱い戦いを繰り広げている。

野球もさることながら少し時間を戻し、およそ1か月前の6月4日、サッカー日本代表も国民の期待を背負い、熱い戦いを繰り広げた。
その日ライバルオーストラリアとの激闘の末2014年サッカーワールドカップブラジル大会への出場を決めた。試合内容の記憶をたどると、日本がやや押し気味に試合を進めていたが、終盤オーストラリアの選手のシュートがGK川島選手の手をかすめてゴール隅ぎりぎりに入ってしまった。
残り時間もあとわずか、大半の観戦者は「負けた!」と思ったのではないだろうか。
試合前の状況は、勝たなくても引き分けでブラジルへの切符が手に入るという有利な状況だったのに……。しかし、勝負の神様は日本代表チームとそのサポーターを見捨てはしなかった。試合終了直前、日本にPK(ペナルティーキック)のチャンスが訪れた。
残り時間やその結果の重要性から相当のプレッシャーがかかる中、本田選手の左足から放たれたボールは、相手ゴールのど真ん中に突き刺さり、その瞬間、選手もサポーターも歓声と共に両手を突き上げた。
奇跡の大勝利。試合ではなくワールドカップブラジル大会への出場権獲得という目標達成の大勝利である。
翌日の新聞各紙は、サッカー日本代表のワールドカップ出場決定を大々的に報じていた。各メディアが多くのサポーターから喜びの声を拾おうとインタビューする中、ある青年のコメントが気にかかった。
彼いわく「半年働いて、あとの半分はサッカー日本代表チームを追いかける生活」をしているという。
同じ日の紙面に、安倍政権「骨太の方針」の素案として「社会保障支出も聖域とせず、見直しを図る」そして「生活保護の支援の在り方を早期に見直す」との方針が新たに示された。若い時、アルバイトで生計を立て、「好きなこと」に重点を置き、後は生活保護のお世話になる…とまでは考えてはいないだろうが、「今を生きる」若者思考が気にかかる。

年金支給や社会保険等、未来への保障が見えにくく、働き方が多様になってきたのも確かである。日本が世界に誇るパナソニックも劇的大赤字決算続きで、3年間で5000人の人員整理だという。切られる側か残る側か? 社員は家族だと明言した創業者故松下幸之助氏は天国でいま何を思っているだろうか。
社会経済が停滞すると生活困窮者が増え、子どもの貧困化が進むのはまぬがれない。

当協会は子どもの権利条約のもと、子どもたちが心身ともに豊かに生きられる環境づくりを事業展開しているが、子どもの貧困化により、子どものあらゆる権利が奪われてはならないと心が痛む。子どもには、幸せになる権利、自分らしく生きる権利があるのだから。
その上で大事なのは、ひとりひとりが、自分の人生をどうデザインするか、そのためには今、何をするのかを考えること。そのためには子どもが成長する過程で、考える力をつけることが大切である。当協会はその「考える力」をつける様々な機会を提供することを使命とし、各事業の充実を図っている。

当協会が実施している「ライフデザインセミナー」はまさに自分の将来を考える機会を提供する事業である。フリーターが増え始めた2000年ごろから文部科学省はキャリア教育の大切さを提言し始めた。2003年には作家の村上龍さんが「13歳のハローワーク」を発表し「好きなことを仕事に」をキーワードに、子どもたちに将来のヒントを提供した。
当協会も大阪市と共同で「若者のライフワークデザイン」を開発した。13歳のハローワーク公式サイト編集長松尾和祥氏は、『好きを仕事に、ということは嫌なことはしなくていいという意味ではない。どんな仕事にも厳しい時はある。そこで負けずに、努力を続けると仕事に楽しみが見つかる。これが「好きを仕事に」の本質であり、日々を積み重ねるという「継続力」も大事である』と言っておられた。

サッカーワールドカップブラジル大会出場権を獲得した日本代表の試合から話が広がったが、代表メンバーの誰一人をとっても、努力と継続が起源であることは確かである。子どものころから大好きだったサッカーを仕事にして、たくさんのサポーターに応援され、家族に支えられ、この上ない喜びを味わうことができる幸せは、彼らの努力と継続の結果である。

(北摂こども文化協会機関誌「ハックルベリー」2013年6月号より)

「子どもの権利」を守ろう!

大阪市立桜宮高校で、バスケットボール部の顧問から体罰を受けていた男子生徒が自殺したことで、日本のスポーツ活動の「指導と体罰」の問題が表面化しました。
日本柔道界でも、暴力とパワハラ問題が、選手から告発という形で表面化しました。オリンピック東京誘致との関連から、「大事なこの時になぜこんな問題を起すんだ?」との声も聞こえますが本末転倒です。指導という建前の暴力行為が是か非かの問題なのですから。
それに、桜宮高校の亡くなった生徒さんも、IOCに訴えた日本女子柔道の選手たちも、今までの経緯があっての、結果行動であることも忘れてはなりません。

当協会は、「子どもの権利条約」を推進、普及することを目的に掲げています。「子どもの権利条約」に暴力指導の容認は、いかなる理由を並べても絶対にありえません。当協会は、暴力的指導を断固否定します。
そういう中で、桜宮高校の2013年度スポーツ健康科学科・体育科の入試はなくなりました。問題が転嫁された感じです。スポーツ健康科学科・体育科の存在が問題ではなく、指導の方法が問題なのですから。

知り合いに、桜宮高校の卒業生がいます。母校の状況を憂い、悲しみ、心配して相談に来てくれました。彼女は3年間スポーツクラブに所属し、大学でも同じスポーツを続けています。
しかし彼女は高校時代、レギュラーにはなれず、華々しい活躍の場があったわけではありません。それでも「充実した3年間であり、仲間や先輩とのつながりに感謝している」との意見を寄せてくれました。そして何より、レギュラーになれない自分を励まし、そのままの自分をありのままに評価し、レギュラーに選抜されることだけがすべてではないことを、教え導いてくださった先生には、心から感謝しているとのことでした。
どんなに苦しんだり悩んだりしている様子を見ても、わが子がこの信頼感、充足感、達成感の上に立って臨んでいるからこそ、家族も応援してきたのでしょう。彼女の妹も、「次は私も桜宮高校でプレイしたい!」と願っています。桜宮高校のスポーツクラブ活動で指導者や仲間との信頼関係が結ばれた実績が、身近で見てきた家族を通して、次世代へと継承された結果です。

文部科学省によると、全国の小・中・高校と特別支援学校で、02年度以降の10年間、毎年400人前後の教職員が体罰を理由に処分されているそうです。
11年度は404人(うち126人が当事者として懲戒処分)で、内訳は〈1〉中学校180人(44・6%)〈2〉高校139人(34・4%)〈3〉小学校81人(20%)〈4〉特別支援学校4人(1%)。このうち110人が部活動に絡むものだったそうです。
指導者の未熟さから発生したこの種の事件が、根本の解決に至らず、表面的な問題にすり替えられてきた結果でしょうか。

元プロ野球選手の桑田真澄氏は、「暴力指導は指導者の能力不足、そして暴力指導は戦前の軍隊教育を引きずるもの」と言われました。 また、自らのスポーツ少年体験から、「抵抗のできない上下関係の上で行われる体罰は一番卑怯なこと」とも言明されています。
子どもが成長するのに必要な糧として、スポーツ体験から得られるものは多々あると思います。「好きだから」「縁があったから」と、純粋にスポーツに取り組んでいる子どもたちを、まるで自分の奴隷のように、言いなりにさせる権力主義はごめんです。

文化は人を豊かにし、成長させます。スポーツも人間が生み出し、継承してきた文化です。他者を支配する道具ではありません。スポーツを楽しみ、仲間と一緒に研鑽を重ね、達成感を体感、共有するものです。うまくいかないことだって、挫折することだって、みんな成長の糧になるものです。かえって他者への共感、他者へのいたわりにつながることも多くあります。特に学校で取り組むクラブ活動では、勝利至上主義ではないはずです。子どもが育つ教育の場なのですから。

それからこの事件が報道されてから、桜宮高校生への罵声やいやがらせが続いているそうです。「体罰高校桜宮の生徒」へのいやがらせです。まさに烏合の衆の心無い行動です。
それっていじめですよ。卑怯ですよ。桜宮高校生は悪くありません。学校や指導者の考え方や対処が間違ってきたのです。日本の社会が「子どもの権利」を正しく理解していないということです。
桜宮高校では保護者の有志が「心ない声からまもってあげられなくてごめんね」と校門の前で在校生560人に手紙を手渡しました。改革を迫られている学校で、今回の被害者は亡くなられた生徒さんのみならず、現在通っている在校生であるにもかかわらず、なぜ彼らが攻撃されなければならないのでしょう。これも弱者を攻め立てる暴力です。

子どもには権利があるのです。未来に夢と希望をもって、明るく楽しく生きていく権利があるのです。親と子、教師と生徒、上司と部下、いずれの関係においても体罰やハラスメントはあってはならないことだと認識しましょう。暴力や虐待は世代連鎖します。今こそ断ち切りましょう!

子どもたちにとって、すべてのことが未来へ続く道のりであるよう、大人のするべきことを考えていきましょう。「子どもの権利条約」はそのバイブルになりえます。いっしょに考えていきましょう。

(北摂こども文化協会機関誌「ハックルベリー」2013年3月号より)

子育ての世代連鎖

北摂こども文化協会は「子どもたちが豊かに育つお手伝い」をモットーに、子育て支援事業を実践しています。でも社会の現状は、子どもにつらく悲しい事件が多発しています。
これら事件の原因の多くは心無い大人です。心病む大人が多いのも社会の現状です。どうしてそうなるのかを探っていくと、その大人の成育歴=どのように育ってきたかがキーポイントだというのは広く知られているところです。

子どもに優しい社会には、自立した大人が必要です。自立した大人になるには、彼らが子ども期に豊かに育つ育ち方が必要だということになります。
親たちはわが子を待ち望み、誕生に歓喜したはずなのに、どこで歯車が狂ってしまうのでしょうか。過度の期待、比較による不安等々、子育ての過程で出てくる心の葛藤が、うまくコントロールできなくて、子どもに真っ向から感情をぶつけてしまい、結果子どもに偏った心理状況を生み出してしまう傾向が見られます。まさに詩人 相田みつをの「育ったように子は育つ」という言葉通りです。
さらにその子どもは、よくも悪くも、自分が育ったようにわが子を育てるということになります。
子育てに対して、私たち親はどんな時、不安感に襲われるのでしょうか?

1.よその子と比べて成長が遅れていると感じた時
2.第三者から子どもの問題点を指摘された時
3.子どもとのコミュニケーションがうまく取れない時
4.社会や家族の子育て観と自分のそれが違うと感じた時
5.相談する人がいない時
6.パートナーの協力が得られない時


その他細かいことをあげれば、好き嫌いが多い、人見知りが激しい等々、子育てには様々な悩みがあり、自信喪失、イライラ感は誰にでも経験あることです。
しかしそれが、虐待やネグレクトになるのは、親の心の開放や、子どものありのままを受け入れることがうまくできていない場合が考えられます。
虐待やネグレクトまでいかなくても、思わず手を挙げたこと、暴言を投げつけたこと、存在を無視したことなどの経験は、わが子を育てる親ならば、少なからずあるはずです。
だからまず、「そんな私はごくふつうの親」と思うことです。そして子どもの成長は階段式ですから、たとえよその子より遅くて、
必ず一段一段超えていくのであせらないことです。「這えば立て、立てば歩めの親心」といいます。親の期待は際限ありませんが、人間は生まれ落ちた時から固有の人格です。その子はその子のペース、その子だけの成長過程があります。
そして「どうしてわが子はこんなことを言ったり、したりするのか」というケースは、視点を少し変えてみるといいかもしれません。
歴史上の偉人エジソンやアインシュタインはかなりの問題児だったと聞きます。要はそんなわが子を親が受け入れ、可能性を信じたことが重要なんです。「人との違い」ではなく、「その子の個性」として捉え、可能性を応援するほうが楽しいのではないでしょうか。

さて前述した「育ったように子は育つ」、「子どもは自分が育ったようにわが子を育てる」という「世代連鎖」について触れたいと思います。
東北会病院の石川達医師は「ASK通信」季刊Be!の中で、「世代連鎖」はコミュニケーションのパターンであり、関係性のとり方だと記しています。

・相手を自分の思い通りに変えようと必死になっている関係
・弱い者を力で圧倒しようとする関係
・いつも優劣で人と比較したり、勝ち負けが問題となるような関係
・思ったことを言えずに耐えて犠牲になっている関係
・常に相手の承認や評価を求める関係
 など。

例えば『親がアルコール依存症である場合、子どもはその病気よりも、その問題から起因する親のコミュニケーション・パターン
(弱い者を力で圧倒しようとする関係)を学習していきます』と記しています。子どもの成長には、そして子どもの価値観には、親が行うコミュニケーション・パターンが大きく影響を及ぼすようです。

石川医師は、「子どもが将来、問題を起こさないようにするにはどうすればいいのか」という質問を親から受けた時、子どもに関心を向けることは大切であるが、子どものために何かしてやるよりも、親自身が正しいコニュニケーション・パターンを身につけることがまず肝心だとしています。そしてその中心は親が子へ「感情を語る」ことだと。親が言葉を介さないコミュニケーションや、優劣にこだわったコミュニケーションをしている限り、子どもは親のコミュニケーション・パターンを読むことばかりに注目し、自分自身に目が向かない。
親がありのままの自分を語るようになれば、子どもは自分自身に目を向けて生きることができるようになると。

最初の課題(子どもに優しい社会づくりには、親自身の成育歴が重要)に戻ると、今大人の私たちが、子どものありのままを受け入れ、子どもに寄り添った子育てをすることです。
北摂こども文化協会の子育て支援のコンセプトは
・おかあさん 急がせないで
・おかあさん 比べないで
・おかあさん 情報に振り回されないで
 の3つです。
勝ち負けや優劣にこだわらないで、詰め込むより引き出すことを基本理念に、親子のスキンシップや、ありのままの個性を受け止めることを大切にした活動を、悩めるおかあさんおとうさんと共に続けていきたいと思っています。

(北摂こども文化協会機関誌「ハックルベリー」2012年9月号より)